っていうのが憲法にあるんですね。

ちょっと調べ物をしていたら目に留まりました。

第22条だそうで、「何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転、及び職業選択の自由を有する」とあります。習ったような、習ってないような。

わざわざ憲法に書くようなことか?と一瞬思いましたが、なりたい職業に自分の意思ではなれない時代があったからこそ書いてあるんでしょう。

そういえば僕、人事で面接をやっていた時からずっと思っていたんですけど、みんなどうやってこの職業(会社)を選んだんだろう、と。

 

 

 

そもそも知らないものにはなれない

 

高卒、大卒関わらず、ほとんどの人がこの職業選択の自由を行使できる環境にいますよね。

僕も含めて、みんなはどうやって社会人として最初の職業を選んだのか?

 

僕の時は就職氷河期と言われ始めた頃でしたが、「なんとなく」でした。

大学ではいいだけ遊んでただけなので、「この職業に就きたい!」みたいな展望も無く、就活時期(当時は大学3年の夏くらいだったと思う)になると周囲がザワつき始めて、友達に誘われて合同企業説明会に行きました。

その時初めてネクタイを締めれないことに気付いて、一緒に行った友達に巻いてもらったのを何故かよく覚えています。

 

そもそもファーストアクションの動機がその程度だったけど、この職業を選ぶっていうビッグイベントのタイミングで、知っている職業よりも知らない職業の方が圧倒的に多い、って状態。

だからとりあえずどんな会社があるのか見る目的で、合同説明会に行くわけですよね。でもこの時ってまだ職業って意識は薄くて、会社を見に行く感じ。

 

そんな状態で「投資家になりたい!」「ファンドマネージャーになりたい!」なんて思えっこないんですよね、だってそもそも知らないんだもん。選びようがない。

起業か、サラリーマンかの二択、起業は無理だからサラリーマンだな、みたいな。

 

何が言いたいかというと、自分の意思よりも環境要因の方が圧倒的に大きいってこと。

知らない職業には憧れることはできないし、目指せない。

自分の家族や親族の職業とか、近所にあるお店や会社とか、専攻した学科とかでよく耳にする職業縛りで職業選択をする、っていうのが一番一般的なんじゃないかな。

僕なんて、起業かサラリーマンの二択でサラリーマン。

資格も何も無いからできそうなのは営業かな、みたいな、今思えばとんでもなく少ない選択肢で最初の職業を選んだからね。

 

当時バイトしていたケーキ屋さんや、家庭教師の登録先からオファーもありましたが、どちらもバイトスタートでなれる職業なのに、大学出てまでわざわざ行くのは親に申し訳ないと思ったし、仕事環境がとても閉鎖的だったのでもっと世の中を見てみたかった。

漠然ともっと広いステージで活躍したいと思って丁重にお断りしました。

 

就活現場の実情:就職支援課のアドバイスだけは聞くな

 

そもそも合同説明会って、就職支援会社が仕掛けたリアル版広告枠ですから、そこに並んでる会社は「広告費を払った会社」であって、払えない会社やそもそも広告手段として合同説明会をチョイスしなかった会社はそこでは知り得ないんですよね。

しかも主催会社の営業マンが「参画してください!」って企業に頭を下げて回ってこの枠を売ってるわけだから、そもそもそういう営業お断り!みたいな会社は絶対にその場にはいないんです。

 

ちなみに、すんごいニコニコしてて、風通しの良さそうな会社だなーと感じさせてくれるブースのスタッフはその日限りの派遣社員さんだったりするので、まさしく広告です。今はどうか知らんけど。

そんなことを知ったのは就活から4年も経った頃、マイナビに転職した時でした。

 

どこの大学にも就職支援課とか、キャリアサポート課みたいな部署があって、就活に悩める学生の支援をしているわけですが、あそこにいる人の多くが就活未経験者っていうのもまた凄い話だと思う。

あの人達って卒業と同時に大学に就職して就職支援課に居たりするからね。

下手すりゃ社会(大多数の民間企業)に出たことすらない。

水に入ったこともないのに水泳を薦めてるようなもん。

重要な職業を決める上では絶対にアテにしちゃいけない人たちだと思う。

 

藁にもすがる想いで就職適正テストみたいなのを受けた時、「芸術家」って結果が出た時の気持ちったら、もう。

いや、それ就職ですらないし。と、途方に暮れたのは懐かしい思ひ出。実話です。

 

職業本みたいなのを手に取った時、木こりとか、遠洋漁業とか書いてあるのを見てもそれこそ選べない。

木こりとか言われても困るよ、なりたいか?って言われてもわかんないもん。

 

当時、大学より社会的ランクが低いとされていた専門学校生を羨ましく思ったこともありました。

少なくとも僕と違ってなりたい職業が一応あったわけだから。

当時って書いたけど、未だに初任給に差がつけられてるから現在進行系かも。

全くもって謎のシステム。

何の役に立つかわからない経済学部卒なんかより、専門学校卒の人たちの方がよっぽど専門性があって即戦力なのにね。

 

いくらポテンシャル採用と言ったって、下手すりゃ専門卒の人の方が年齢も若くてポテンシャルも高そう。

こう考えると、大学の授業料は卒業後の初任給UP権を買ってるようなものかもしんない。

 

職業選びで本当に選んでいるもの

 

今でこそ僕は投資家、オーナー業なんてやってますが、これは就職して何年も経ってから、たまたまそういう職業の人に巡り合って知ったから。

今も含めて、環境要因と自然の流れみたいなものでなんとなく進む道は決まってしまって、方向転換(キャリアチェンジ)したければさっさとしないと、30歳過ぎる頃にはそれも難しくなってしまうのが今の日本。

 

ぶっちゃけ若手社会人だって忙し過ぎて、他の業界の人に頻繁に会うようなアウトバウンド系の職業でも無い限り未知の職業に出会う機会も少ないから、30歳過ぎても職業の選択肢がほとんど増えてなくて、気付いた頃にはタイムオーバーみたいな人、相当数いると思う。

で、段々と職業が何かなんて大した問題じゃないんだよなー、と思い始める。

それよりは、給料が高い安い、休みが多い少ない、プライベートをどれだけ充実させられる仕事か、といったその仕事で得られるものの方に重きを置くようになる。

 

誰もがハマる、職業選択最大の誤算

 

そんな曖昧な職業選択で一番の誤算は、自分の意思とは無関係に、選んだ職業でほぼ自動的に生活水準やライフスタイルが選択されてしまっている、ということじゃないでしょーか。

週休何日とか、サービス業だから土日は仕事とか、正月も仕事とか、田舎には住めないとか、1週間も旅行に行くのは不可能に近い、とかとか、それによって友達と頻繁に会えるかどうか、旅行に行けるかどうかなどが勝手に決まる。これはライフスタイルそのもの。

 

「なんで働いてるの?」と聞かれれば食べるためです。

もっと言えば、生活のため。大半の人は根本的にそういうことです。

だとしたら、その職業に就いたらどんな生活になるのか、ってことこそ実は重要な部分で、できれば職業選択のタイミングで教えてほしかったことなんじゃあないかと思うのです。

だから僕が公演やセミナーなどで話す時はここに重きを置いた話をしています。

 

食べるための手段、生活するための手段、それが仕事だと思います。

だったらその生活をどのレベルでしたいのか、その生活ができる職業にはどんなものがあるのか、って考える方がよっぽど合理的だし効率的だと僕は思います。

 

やり甲斐とかは後づけで、ただの結果論です。

だってその職業に就く前から何がやり甲斐になるのか、そもそもやり甲斐があるのかなんてわからないもんね。

生活のためにしている仕事なのに、自分の生活水準は見なかったことにしてやり甲斐を語るとか、敗軍の将が兵を語っているようなもんだと思っています。

 

そういう意味で、フラフラ生きてきたにしては僕のキャリアは本当にラッキーだったなーと思います。

たまたまマイナビに入社してたくさんの職業や会社を知ることができた。

たまたまなった人事で面接の場にたくさん立ち会って、色んな人の人生を見ることができた。

結局のところ、環境要因でたまたま選択肢が多かった、ということです。

 

今の職業はそこで知ったものではないけども、今の職業になりたかったからなったんじゃなく、サラリーマンはいくら努力しても僕の望む生活ができそうにない職業だったから、辞めて今の道を選びました。

今現在の自分は何を基準に今の職業を選択しているのか。

求めている生活(水準)は手に入っているのか、今一度考えるキッカケになったらいいなと思います。

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