「やりたいことがわからない」

という人、本当に多いです。

むしろ、わかってる人に会うことの方が稀。

 

でもね、社畜で仕事や会社の事情にガンガン振り回されてるような状態で、残った時間で自分のやりたいことを改めて探すくらいなら、もっといい方法があると思うんです。

 

やりたいことなんて、実際そう簡単に見つからない

 

人生かけてやりたいことなんて、ちょっとやそっと探したくらいじゃ見つからない。

それを、非常に限られた時間の中で、非常に限られた人脈と、非常に限られた行動範囲の中で見つかったら、それこそ奇跡だと思います。

だって、これまでうん十年生きてきて、いろんなところに行って、いろんな人に出会って、いろんなものを見てきましたよね。

それでもその中になかったから、今「見つからない」と悩んでる。

 

そのうん十年に匹敵するような時間を、仕事の合間だけで工面できるでしょうか?

そして、本当にそれが生涯かけてやりたいことかどうかなんて、ある程度時間をかけて突き詰めてやっとわかることだと思うんですよ。

興味が沸くものを見つける→突き詰める→違ったらまた次を探す、というサイクルで動くとしたら、それを少ない休みや仕事の後でどの程度やれるのか、という話です。

 

運良くやりたいことが見つかっても、どうせ「時間がない」「お金がない」って理由で全くできないか、中途半端に手を出してそのうちフェードアウトするのが関の山。

 

「やりたいこと探し」は未来の自分にさせればよくね?

 

やりたいことが探して見つかることだってあるかもしれないけど、僕ならそんな暇あったら自分の経済力と時間力(自由に使える時間)を高めることを優先します。

仕事でクタクタ、人間関係にヘトヘト、それでいてそんなに時間もお金もない、という今の自分に探させるより、もっと大きくなった自分で探した方がよくね?というスタンス。

 

貧乏人にはそもそも選択肢なんてないんですよ。

あったとしても無意識に自ら除外してしまっています。

これは嫌味じゃなくて、資本主義の原則。

 

来週から2ヶ月バリに行ってこようとか、来月からハワイに移住しようとか、試しに1年間家賃20万のタワマンに住んでみようとか思わないじゃないですか。

そもそもできっこないから。

 

始末に負えないのは、自分ではできもしないのに「家賃20万も出してタワマンに住むヤツの神経がわからない」とかって指さして批判するような人。

それって単純に、生き方として最もダサいと思うんです。

やってから言えと。

やりもしないで評論ばっかしてるから、いつまでもやりたいこと見つからないんだよ、と。

 

やりたいことのために、やるべきこと

 

だから、やりたいこと探しは一度脇に置いておくんです。

その上で、まずは豊かになることを優先して選択するんです。

 

豊かになる過程で、やりたいことなんていくらでも出てきます。

そしてそのやりたいことが出てきたときに、先に豊かになってると、「時間がない」「お金がない」と諦めずに済むんです。

「時間はあるし、お金も問題ないからまずはやってみるか」となるんです。

 

アフィリエイトだろうが物販だろうがネットワークビジネスだろうが、なんだっていいと思います。

やればやっただけ成果が出る作業ゲーなんて、今いくらでもあるじゃないですか。

やってもやっても思ったような成果が出ないのなんて、会社員くらいですよ。

 

経済力が付いてきたら、20万の部屋だって検討するようになります。

趣味で使う道具をもっとパワーアップさせることも検討できるようになります。

時間力が付いてきたら、ロングステイの旅行だって検討するようになります。

やりたいことを考える以前に、やれることが増えていくんです。

そうこうしてるうちに、やりたいことも増えていくんです。

 

僕だって投資やビジネスを始める前は、わざわざ香港まで行ってオフショア投資をやるなんて夢にも思っていませんでしたからね。

 

シンプルに、やりたいこととやるべきことは分けて考えればいいんです。

誰に言われるでもなく突き詰めたいものが、やりたいこと。

豊かになるためにやることが、やるべきこと。

 

やりたいことはそれこそいつ眼の前に現れるかわかりませんが、やるべきことなんてそこら中に転がってるじゃないですか。

やるべきことはやるべきこととして、毎日の生活に組み込んでしまった方が楽です。

無理してそれを好きにならなくてもいいし、やり甲斐を探さなくてもいい。

かくいう僕も、投資が好きで投資家してるわけじゃないですからね。

 

あなたにも絶対できますよ。

好きでもないしそこまでやり甲斐のない会社員を、何年も続けられてるじゃないですか。

会社の仕事にだけやり甲斐を求める必要なんてないと思います。

というか、好きでやってる仕事以外で語るやり甲斐なんて、ただの口実ですって。

給料が不満だったり、働く時間が長すぎることへの不満などから目を逸らすための、口実。

「大変だけど、やり甲斐はある」って、それは話がすり替わってます。

 

なんか直球ですいません。

でも、多かれ少なかれそうじゃないですか?

 

好きなことだけで食っていけないからこそ、妥協点を探る

 

本当は好きなことだけで食っていければそれが一番理想ですよ。

理想ですけども、好きなことで食っていこうとしたらほぼ確実に、好きでもないことに手を広げていかなきゃならなくなります。

この記事で詳しく話しているので、合わせて読んでみてください。

関連記事>>>「好きなことを仕事にするのは不幸のはじまり」を論理的に説明してみた。

 

 

身も蓋もないと思うかもしれませんが、まだまだ社会はそこまで理想的な働き方だけで食っていけるほど柔軟ではありません。

柔軟ではないからこそ、どこかで妥協点を見つけていかなきゃならない。

社会を変える、自分が先駆者となるような気概がなければ、今ある社会に上手に適応するしかないじゃないですか。

 

だからこそ、やりたいこととやるべきことの分離。

やりたいことが見つからないーと言ってる時間がもったいないじゃないですか。

本当に見つけたいと思うなら、いつやりたいことが出てきてもいいように、今は準備に費やしたほうが賢い生き方だと思うのです。

経済力と時間力を付けて、やりたいことを探すスタートラインに立つまで、せいぜい数年の間ですよ。

 

僕は何か強烈にやりたいことがあってリタイアした人ではありません。

その過程でやれることは随分増えたし、やってみたいことも増えましたけど。

今取り組んでいることも、好きでやってるというのと、やりたいことが出てきたときのための準備も兼ねています。

だって、これから出てくるやりたいことにどのくらいの時間やお金がかかるかわかりませんし、それをお金や時間がないなんて理由で諦めたくないですから。

 

でも、やりたいことに没頭する未来の自分に期待して、今は目の前のやるべきことを先に終わらせておくというのも、末広がりな人生を送る上でのひとつの楽しみ方じゃないかなと思っています。

 

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