あくまで僕の経験則ですが、不労所得を稼ぐ上で不可欠なものは何かと聞かれれば、それはオーナー感覚とロイヤリティの理解だと答えます。

この概念がわかっている人が意外と少なく、わかっていないと全く別の話に聞こえてしまうようなんです。

 

オーナー感覚と従業員感覚

 

オーナー業で大事なことは、「オーナー感覚を持ち合わせているか」ということです。

世の中の多くの人は、会社に勤めていたり、店長であってもオーナーではない人がほとんどです。

ひとつのお店に例えてみましょう。

たとえばこんなシーン、接客業をやったことがある人であれば誰もが一度は経験があると思います。

 

「閉店間際に団体のお客様が来店した」

 

ありますねー。あるある。

店員とオーナーの違いは何か?と言えば、そこで働く店員であればこのシチュエーションだとテンション下がりがちです。

僕もバイト時代、うんざりした記憶があります。

「あーあ、この後予定あるのに帰る時間遅れるよ・・・」と。

 

じゃあオーナーはどうかというと、閉店間際の団体客は大歓迎で、心から喜んで対応します。

この違いはどこから来るかというと、考え方の違いから来ます。

店員という立場の人はこんなことを望んでいます。

 

なるべくやることが少なくて、

お客さんがあまり来なくて、

お店を開けている時間(=自分の労働時間)が短い

(その方が楽だ)

 

こんな感じの方が嬉しいわけですが、オーナーはまったく逆のことを考えています。

 

オーナーは(売上が向上するために)すべきことが多く、

お客さんが一人でも多く来店し、

お店を開けている時間が長い

(その方が売上が伸びる)

 

こういうことを希望しています。

オーナーはたとえ1時間しかなくてもお店を開けるのです。

店員は自分の時間を会社に売って時給という形で収入を得ているので、商品が売れても売れてなくても自分の給料にはあまり関係ありません。

(正社員も遅刻や早退は時給分引かれるので、正社員も結局時給ですけど)

 

一方オーナーは、売上がダイレクトにお店の存続や自分の収入に影響するため、感覚がまったく違うのです。

つまり、オーナーは店員と違い、「時給ではなく配当的な性質の収入を得ること」を目的としています。

 

 

配当という概念

 

知識の無い人はこの「配当」という概念を知りません。

ちょっとまたイメージしてみてください。

 

例えば、あなたはこの配当という概念を理解していて、車の流通に対する配当を一緒に得ようよ、と誰かに話を持ちかけたとします。

この時、相手はこう答えました

 

「知り合いが車にひかれたから車はキライ」

「車は高いからいらない」

「車に乗ってないから自分には関係ない」

 

これはトンチンカンというか、そもそも会話が成り立っていません。

「車の流通に対する配当を得ようよ」の答えが「車はいらないし、キライ」と答えて聞こうともしないわけですから、提案したあなたは混乱すると思います。

どこからツッコめばいいのかわからない、という状態。

これは客観的に考えた場合、とてもナンセンスなわけです。

これと全く同じ話をさっきの車の配当のような感覚で聞く人が非常に多いのです。

面白いんですが、なぜか多いのです。

 

配当を受け取るにあたって考えるべきことは、

●流行に左右されないか(売れなくなると配当が途切れる)

●長く売れ続けるものか(上に同じ)

●コンスタントにリピートされるか(配当を受け取るペースに影響する)

ということが重要なのであって、

●それが好きか嫌いか(どっちでもいい)

●扱うものに興味があるか無いか(あった方がいいけどどっちでもいい)

●カッコいいかどうか(どっちでもいい)

で判断してしまうのは、ナンセンスとしか言いようがないのです。

 

この感覚、わかるでしょうか?

たとえば「女性下着」という商品は人類の半分がお客さん、おそらくまだ数十年使用され、そこそこリピートする。

たとえば「赤ちゃんのオムツ」は人口減少してるとはいえ、赤ちゃんは常にいるし、激しくリピートされる。人口が減る分は年配用のオムツで補えそう。

だからビジネスや配当として考えると非常に優れているんですが、ナンセンスな人はこれがわからないので、「下着?オムツ?イヤだよだせぇwwおれブラしねーし、興味があるのは下着のな☆か☆み」みたいな頭悪そうな感じになるのです。

 

たとえ自分が使っていなかったり興味がなかったとしても、世の中で流通しているものに対してはその権利や配当というものが存在します。

自分も含めて周りにいる人みんなが消費者という人間関係だと、この権利や配当の存在すら知らずにひたすら権利者に雇われて、その権利や配当の中から支払われているのが自分の給料だ、ということがいつまで経ってもわからないのです。

 

僕がこの「配当を得る」ことができる手段を話したとき、どうしても消費者の感覚や好き嫌いの感情論で聞いてしまう人が多いのは、普段会社や誰かに雇われているため配当という概念そのものがわからないのです。

興味の有無や見た目などの表面的な部分で物事を判断しているうちは、この「配当」の概念がわからないので、一生雇われ続ける事になります。

 

末永く豊かに暮らすための収入は配当以外にあり得ない

 

断言しますが、この地球上において、豊かに暮らすために必要な収入の質は配当(ロイヤリティ)という形態以外にありえません。

これがよくわかっていない人は、仮想通貨や株式の売買利益のような継続性の無いものまで不労所得と括っています。

間違いではないんですが、不労所得で生活を賄おうと望むのであれば、継続性の無いものでは不可能なので、全て除外しなければなりません。

 

収入の額の多さと自分が自由に動ける時間とのバランスを考えた時に、それが同時に得られるのは配当(ロイヤリティ)収入だけです。

ロイヤリティがわからない人は、これを聞いて「怪しい」という反応を示しますが、怪しんでいる人が払っている家賃だって、駐車料金だって、電気代だって、ガス代だって、スマホの使用料だって、これらすべてがロイヤリティに属するのに、です。

払っている側に居続ける限り、それがロイヤリティだとはなかなか気付かないのです。

 

なので大事なことは、知らないものを知ろうとすることじゃないかと思います。

自分が知っていることの中に、毎日を豊かに暮らす要素があったなら、とっくにそうなっているはずです。

何かを発明しなくても、既にそういうものが世の中にあるのです。昔から。

雇われて働く人、誰かから物を買う消費者が世の中の大多数なので、月額固定や時給が一般的だと思われがちですが、実は無数にある収入の質の内、時間や期間で収入額が決まっているのはアルバイトやサラリーマンくらいのもので、他は全て違うのです。

 

まずはこういうことがある、ということを知ったなら、それをもっと理解しよう、わかろうとするかどうかが、豊かになる人とそうでない人の最初の分かれ道です。

わかろうとした人はわかるし、わかったからやるし、やったから自由になる。

実はそれだけのことなんですが、どこで躓いている人が一番多いかと言えば、圧倒的に最初の段階が多いのです。

怪しむだけ怪しんで、わかろうとすらしない、こういう人が大多数で、このグループの方々が不労所得で自由に生活できるようになる日は絶対に訪れません。

配当、ロイヤリティが答えなのに、その答えを疑って回避してるんですから。

 

何にせよ、最初から知っていることなんてたかが知れているということをわかって、
知らないことを訝しがる前に知ろうとする気持ちが、新しい道を開く第一歩だと思います。

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