「時間の使い方が上手い人」というと、

 

・優先順位を付けている

・即行動に移している

・隙間時間を有効活用している

・効率よく行動している

 

こういうことをちゃんとやっている人だと思うんですが、「結果的にその時間は有益な時間だったかどうか」というのは情報処理の仕方でめちゃくちゃ大きく変わるんですよ。

 

 

時間の使い方が下手な人は何かと文句をつけたがる

 

映画でも遊びでも勉強会でも、なんでもそうだと思うんですが、全く同じものを見聞きした時の情報処理の仕方が、その時間を有益なものにしたか、それとも無益なものにしたかを決めています。

忙しい中で時間を作ってせっかくやったことに対して、

 

・聞いたことある話で新鮮味は無かった

・別に面白くなかった

・時間の無駄だった

 

 

みたいな年寄りの小言みたいなことを言う人が一定数いますが、それってわざわざ時間を作って自分がやったことを、自ら無駄にしてしまってると思うんですよ。

 

つまらない感想や評論じみた難癖を付けて終わってしまったら、そこに費やした時間やお金から何もリターンを得られなかったということで、最初から何もやらなかったも同然です。

僕もたまにやっちゃうんですけど、後から残念な気分になって猛省します。

 

ついでに、一緒に居る人もそんな小言を聞かされても気分がいいものじゃないですし、リアクションにも困るじゃないですかw

その文句をもって「結局、何が言いたいの?俺の方がSUGEEEってことを言いたいの?」と思ってしまうし、冷静に考えれば考えるほど、「誰得?」と思うのです。

 

 

時間の使い方が上手な人は良かったことを探す

 

一方で「この人、時間の使い方うまいなー!」と思う人は、同じものを全く別の視点で処理しているんですよ。

 

・内容は聞いたことあるけど、あの人の話し方が参考になった

・面白いかどうかは別として、あんなに人が集まるのはなんでだろう?

・いやー本題とは別の部分で勉強になったなー

 

 

こんな風に物事を解釈している人って、時間を有効活用しているなと思うんです。

「お金を払ったからには」とか「時間を費やしたからには」、「何か一つでも持って帰るぞ!」・・・と思っているかどうかは人それぞれだと思いますが、行ってよかった、やってよかったと思う部分を探すんですよ。

「得るものがあった」というだけでもプラスだし、「これってなんでだろう?」とその出来事を分析して成功要因を見つけようとする、っていうんですかね。

 

僕のロールモデルの一人であるMさんというおばちゃんが、以前聞かせてくれたこんな話を思い出しました。

 

仲間内数人で、ある著名人の講演を聞きに行ったのよ。

私以外の人はほとんど寝ちゃってて、講演が終わってからこう言ったの。

「著名人だっていうからもっと面白い話だと思ったのに、大したことなかったわね」

って。

私はまったくそうは思わなくて、逆にこう言い返したのよ。

「あんなに大したこと無くても著名になれるなら、私達にも何かできそうじゃない!」

って!

 

何年も何十年もこの全く異なった情報処理の仕方で行った場合、前者と後者ではかなりの差が開くのは想像に難くありません。

現にこのMさんは、33歳からビジネスを始めて、65歳を過ぎた今でも過去最高益を更新し続けて大成功しています。

話を聞かせてもらった時に、この人の大成功の秘訣みたいなものを垣間見た気がして、「僕もそういう目線でありたいな、っていうかそうなる努力しよっ!」と思ったのでした。

 

 

目的意識の有無

 

この違いはどこから来るんだろう?と考えてみたところ、「目的意識の有無」が関係しているような気がします。

前者は多分「何も考えずに消費者目線でただ見てる」ので、「金払ってるのに」とか「わざわざ時間を使ったのに」と文句や評論が出る。(しかも大概浅い。)

後者は「どうせなら何か得よう」と自分からメリットを取りに行っているので、どんなことからでも収穫を得る。

 

結果的に、同じものを見聞きしているのに「良い時間」と「無駄な時間」という差が生まれていて、それは即ち「時間の使い方の上手・下手」そのものだと思うんです。

 

どっちが良くてどっちがダメ、という話ではないんですが、自己中的に考えれば考えるほど、得るものがあるに越したことはないと思うんですよね。

シンプルに、その方が得した気分じゃないですか。(実際に得してるんですけど)

僕自身は特に抜きん出たものがない凡人なので、たまに出会える非凡な人の「考え方」に注目して真似できるところは真似するようにしています。

 

 

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