東京に住んでいた頃、友達十数人を連れて地元札幌に旅行に行く機会がありました。

一緒に行った友達の一人に、ウニが大嫌いという男が居たので、

 

「おまえさんはホンマにうまいウニを知らんのや。」

 

と諭しましたが、「いやいや無理、本当に食えない」と一蹴されました。

「食のキングダム」北海道ですから、メインがグルメツアーになるのは自然な流れです。

ラーメン、スープカレー、海鮮、みんなどれを食べても舌鼓を打っていました。

そして回転寿司。(※札幌の回転寿司は、関東の回ってない寿司よりもハイクオリティなのです)

ウニ嫌いの彼に半ば強引にウニを食わせました。

 

全ての旅程を終えて、その彼に今回のグルメツアーで一番美味しかったものを聞くと

 

「ウニ!あれは俺の知ってるウニじゃなかった…スイーツでしたわ…」

 

と言ったのです。

 

「・・・せやろ?」

 

とドヤ顔で返したのは言うまでもありません。

 

過去の経験はアテにならない

 

ウニ嫌いの彼は、過去にどこかでボッソボソでどす黒い、マッズイウニを食べたのでしょう。

だけど、札幌で出会ったウニは過去に出会ったウニとは別物です。

もし彼が最後まで過去の経験を引きずって今回も食べることを拒否ったとしたら、スイーツのような激ウマなウニを知ることなく、ウニを毛嫌いし続けたでしょう。

彼は一度、過去の経験を捨てたことで、ウニに対する苦手意識を180度変えることができたのです。(そしてまたどこかでマズイウニを食うんでしょう、きっと。)

 

ウニ、と一口で言っても様々なウニがあるのです。

これは恋愛も、ビジネスも一緒。

 

過去にクソみたいな異性に引っかかったかもしれません。

でも、これから出会う異性は未来のパートナーかもしれません。

過去にビジネスで嫌な想いをしたかもしれません。

でも、これから出会うビジネスは自分の人生を変えるかもしれません。

 

なのに何故、過去のくだらない経験にとらわれて、他のものにまでそれを無理矢理当てはめてしまうのでしょう?

当てはめられた方としてはたまったもんじゃないですよね。

 

過去にどんな悲惨なことがあったかはわかりませんが、たった一度や二度の苦い経験で、これから出会うもの全てを結論付けてしまうのはちょっと。ちょっとちょっと。

 

しかもこういうスタンスが恒常化すると、やたらと過去の経験から物事を決めつけてしまう人として、相手も面倒くさくなっていってしまう。

「どうせ断るだろうし」と良い情報が入ってきづらくなる。

一層、過去に縛られた狭い経験の範囲で生きていくことになる。

それはちょっと勿体無いな、と思うのです。

 

ネガティブな経験からポジティブが見つかる

 

マズイウニを一度も食ったこと無い人が、どうして美味いウニを語れるだろうか。

変な異性と付き合ったことが無い人が、どうして最高のパートナーを見つけることができるだろうか。

物事は比較対象があって初めて、優れたものを見分けることができるようになります。

失敗すればするほど、見極める目が養われるんです。

 

質屋という仕事は、本物を見極める目が無いと成り立たない商売ですが、新人がどのようにその目を養うか知っていますか?

 

本物しか見ない。

 

ひたすら本物を見続けることで、偽物がわかるようになるんだそうです。

・・・あれ?良い例えだと思ったけどなんか違うな。まいっか。

 

ということで、過去の延長線上でしか未来を見れない人は、過去の失敗を失敗のまま終わらせてしまっています。

そうして残ったものは、視野狭窄な誤解という名のアレルギー。

このアレルギーに犯されると、似たようなものが目の前に現れた時には、思考停止して反射的に自分から遠ざけることしかできない。

 

自分の経験が正しいと思い込んだ時点でアウトです。

ネガティブなものはそのまま苦い思い出として背負っていくしかなくなる。

過去のそれと、今目の前にあるそれは似て非なるもの。

過去を一度忘れてそれを受け入れてみると、素晴らしい発見に巡り会えますよ。

 

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