とある研究者の話

 

その人は農業を勉強していて、世界中の国に日本の農業技術を広める研究をしていました。

アフリカのとある国の、とある村に行った時のこと。

その村には農業の技術がなく、日々野生の植物や動物を採って生活していました。

 

とても貧しい暮らしでしたが、村人たちはみんな仲が良く、みんないろんなモノを分け合って生活していました。

 

そんな村に、この研究者が日本の農業の技術を教えました。

生活がより良くなるように、食べるものに困らないで済むようにと。

お米を作ったり、野菜を作ったり、効率的に作物を作ることによって、食料を調達しやすくなります。

 

さて、農業が伝わった後、この村はどうなったでしょうか?

 

まず、農業の技術を教えたとしても、きちんとやる人となんにもやらない人に分かれました。

きちんとやる人はどんどん農業の技術を習得し、どんどん作物を作れるようになりました。

何もしなかった人は、これまで通りの生活を送りました。

 

きちんとやる人はどんどん作物を収穫できるようになり、余った作物を売却して、お金を得ることができるようになりました。

何もしなかった人は、もちろんそのままの生活です。

 

こうなってはじめて、村に「貧富の差」が生まれました。

 

今まではみんな貧しかったのですが、農業の技術が伝わったことできちんと実践した人が豊かになって、何もしなかった人が貧しいままだったのです。

貧富の差が生まれると、今度は村に争いが起こるようになりました。

 

お金を持っていない人はお金を持っている人を妬むようになり、お金を自分たちにも分けるよう要求しました。

いつも分け合い、助け合ってきた村でしたが、頑張ってお金を稼いだ人たちは何もしなかった人にお金を分け与えることを拒否しました。

 

この研究者は、せっかく日本の農業を伝えにその村に行ったのに、結果的に豊かになるどころか村に争いを起こしてしまいました。

その研究者は失望し、日本へと帰ってきましたとさ。

 

本当にあった話です。

 

考察:両者の違いを比較

 

この話を聞いて、何を感じるでしょうか?

僕が思うことは、お金儲けの方法だけを教えても人は豊かにならないということです。

 

大半の人が「できることなら今より豊かになりたい」と願っている一方で、同様の手段を伝えたときのアクションが分かれ、そのときのアクションの違いが差を生みます。

ここからわかることは、方法論以前に、その人の情報の受け取り方の違いが明暗を分けているということです。

どんな違いがあるのか、ちょっと考察してみました。

 

●アクションを起こさない人の情報の受け取り方

・目線が低く、手に入るものよりも作業の内容に注目する

・手に入るものより、(今の自分で)できるかできないかに注目する

・他の人がやっているかどうか、やったら他の人がどう思うかに注目する

・そもそも、何を手に入れたいかがハッキリしていない

 

こんな傾向があるように思います。

一方、アクションを起こす人。

 

●アクションを起こす人の情報の受け取り方

・それをやったら手に入るものに注目し、ワクワクする

・できることとできないことを分け、何を習得すればいいかに注目する

・他の人がやっているかどうか、やったらどう思われるかは眼中にない

・元々手に入れたいものがわかっていて、目の前の方法論で手に入るイメージが沸く

 

ここからわかることは、稼げる手段やチャンスが自分に降ってくるかということ以前に、手に入れたいものはあるか、チャンスを求めているかどうかが分かれ道、ということ。

求めている人にとってはチャンスと映り、求めていない人にはただの作業と映る。

チャンスが来ればいいというものではなく、手に入れたいものとリンクしてはじめてチャンスと認識できる。

 

いつチャンスが来てもいいように、来たらパッと掴みにいけるように、自分サイドでできる準備をしておきたいですね。

 

あなたはチャンスを受け取る準備、できてますか?

 

0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA